医療ダイエットとは(保険適用される肥満症治療と自由診療の違い)
医療ダイエットとは、医師の管理のもとで行う減量治療の総称です。
ただし、この言葉は医学用語として厳密に定義されているわけではなく、一般的にはお薬を用いたダイエットを指すことが多くなっています。
日本の肥満症の定義(BMIと健康障害)
日本肥満学会では、BMI(体格指数)が25以上を「肥満」、そのうち健康障害を伴うか、内臓脂肪の蓄積が認められる場合を「肥満症」として、医学的な治療の対象としています。[1]
特に、2023年に日本で承認されたGLP-1受容体作動薬(セマグルチド:商品名ウゴービ)とGIP/GLP-1受容体作動薬(チルゼパチド:商品名ゼップバウンド)は、より厳格な基準で適応が定められています。
具体的には、以下のいずれかに該当する方が対象となります。[2][3]BMI(体格指数)の計算方法
| 適応条件 | 詳細 |
| BMI 27以上で右記を満たす場合 | 高血圧、脂質異常症、2型糖尿病のいずれかと、それを含めて肥満に関連する健康障害を2つ以上有する場合 |
| BMI 35以上で右記を満たす場合 | 高血圧、脂質異常症、2型糖尿病のいずれかを有する場合 |
BMI = 体重(kg) ÷ 身長(m) ÷ 身長(m)
例:身長160cm、体重70kgの場合
BMI = 70 ÷ 1.6 ÷ 1.6 = 約27.3
保険診療と自由診療の線引き
ウゴービやゼップバウンドは、上記の条件を満たす「肥満症」の方に対して、一定の施設・医師要件を満たす医療機関で保険適用で使用できる治療薬です。
重要なのは、食事療法や運動療法を一定期間行っても十分な効果が得られなかった場合に、薬物療法が検討されるという点です。
お薬だけに頼るのではなく、生活習慣の改善と併用することが治療の基本となります。[4]
医療ダイエットで用いるお薬(GLP-1/GIP製剤)
現在、日本で肥満症治療薬として承認されているのは、GLP-1受容体作動薬のセマグルチド(ウゴービ)と、GIP/GLP-1受容体作動薬のチルゼパチド(ゼップバウンド)の2種類です。
これらの薬剤は、体内で自然に分泌されるホルモンと同様の働きをする注射薬です。
ウゴービ(セマグルチド)の適応・用量・副作用
GLP-1は食事を摂ると腸から分泌されるホルモンで、血糖値の上昇を抑えたり、食欲を調整したりする役割があります。[2]
適応と用量
前述の通り、高血圧、脂質異常症または糖尿病を持ちBMI 27以上で関連健康障害が2つ以上ある方、または高血圧、脂質異常症または糖尿病を持ちBMI 35以上の方が対象となります。
用量は段階的に増やしていく方式が採用されています。[2]
| 期間 | 用量 |
| 開始~4週 | 0.25mg/週 |
| 5~8週 | 0.5mg/週 |
| 9~12週 | 1.0mg/週 |
| 13~16週 | 1.7mg/週 |
| 17週以降(維持用量) | 2.4mg/週 |
この段階的な増量は、消化器系の副作用を軽減するために重要です。
体が薬に慣れるまで時間をかけることで、吐き気などの症状を最小限に抑えることができると考えられています。[2]
ウゴービの主な副作用
ウゴービの主な副作用として報告されているのは、吐き気、下痢、便秘、嘔吐などの消化器症状です。
これらは治療開始時や用量を増やしたときに起こりやすく、多くの場合は時間とともに軽減していきます。[2]
より重要な注意事項として、胆嚢や胆道の疾患、膵炎のリスクについて報告があります。
腹痛や背部痛などの症状が現れた場合は、速やかに医療機関を受診する必要があります。[2][7]
[2] PMDA ウゴービ皮下注 添付文書(2025年11月改訂)
[7] Monami M, et al. Glucagon-like peptide-1 receptor agonists and pancreatitis: a meta-analysis of randomized clinical trials. Diabetes Res Clin Pract. 2014;103(2):269-275.
ゼップバウンド(チルゼパチド)の主な副作用
ゼップバウンドの副作用はウゴービと類似しており、吐き気、下痢、便秘などの消化器症状が主なものです。
また、胆嚢・胆道疾患や膵炎のリスクについても同様の注意が必要です。[3]
特に治療開始時や用量を増やした後は、急に立ち上がる際などに注意が必要です。[3]
[3] PMDA ゼップバウンド皮下注 添付文書(2025年7月改訂)
ウゴービとセップバウンドの効果
ウゴービ(セマグルチド)の効果
ウゴービの効果を検証した主要な臨床試験として、STEP-1試験があります。この研究では、肥満または過体重の成人1,961名を対象に、68週間にわたってセマグルチド2.4mg週1回投与の効果が検証されました。[8]
結果として、セマグルチド投与群では平均14.9%の体重減少が認められました(プラセボ群では2.4%)。
また、5%以上の体重減少を達成した参加者の割合は86.4%、10%以上は69.1%、15%以上は50.5%でした。
これらはすべてプラセボ群(実際の薬の成分を含まない、偽薬や偽の治療を受けるグループ)と比較して統計的に有意な差が認められています。[8]
重要なのは、この試験では薬物療法に加えて、食事療法と運動療法も並行して行われていたという点です。
つまり、薬だけでなく生活習慣の改善との組み合わせによって、これらの効果が得られたということです。[8]
[8] Wilding JPH, et al. Once-Weekly Semaglutide in Adults with Overweight or Obesity. N Engl J Med. 2021;384(11):989-1002.
ゼップバウンド(チルゼパチド)の効果
ゼップバウンドについては、SURMOUNT-1試験という大規模な臨床研究が行われています。
この研究では、肥満または過体重の成人2,539名を対象に、72週間にわたってチルゼパチドの異なる用量(5mg、10mg、15mg)の効果が検証されました。[9]
その結果、平均体重変化率は用量依存的に大きくなり、5mg群で15.0%、10mg群で19.5%、15mg群で20.9%の減少が認められました(いずれもプラセボ群と比較して統計的に有意)。[9]
この試験でも、薬物療法に加えて生活習慣の改善指導が行われており、両者の組み合わせが重要であることが示されています。[9]
[9] Jastreboff AM, et al. Tirzepatide Once Weekly for the Treatment of Obesity. N Engl J Med. 2022;387(3):205-216.
臨床試験の結果をどう解釈するか
上記の試験結果は平均値であり、個人差があることに注意が必要です。すべての方が同じような効果を得られるわけではありません。
また、これらの効果は食事療法・運動療法と併用した場合のものであり、薬だけに頼った場合の効果とは異なる可能性があります。
副作用と安全性(いつ受診すべきか)
GLP-1受容体作動薬やGIP/GLP-1受容体作動薬による治療では、いくつかの副作用や注意すべき点があります。ここでは、特に重要なものについて解説します。
特に注意すべき副作用(胆嚢・膵炎・網膜症)
胆嚢・胆道疾患
GLP-1受容体作動薬の使用により、胆嚢や胆道の疾患のリスクが高まる可能性が報告されています。2022年に発表されたメタ解析では、体重減量を目的とした試験において、GLP-1受容体作動薬使用群で胆嚢・胆道疾患のリスクが2.29倍(95%信頼区間: 1.64-3.18)に上昇することが示されました。[11]
右上腹部の痛み、背中の痛み、発熱、黄疸などの症状が現れた場合は、速やかに医療機関を受診する必要があります。[2][3][11]
[11] He L, et al. Association of Glucagon-Like Peptide-1 Receptor Agonist Use With Risk of Gallbladder and Biliary Diseases: A Systematic Review and Meta-analysis of Randomized Clinical Trials. JAMA Intern Med. 2022;182(5):513-519.
膵炎
膵炎(すい炎)は膵臓に炎症が起こる病気で、GLP-1受容体作動薬の使用に伴うリスクとして注意が必要です。激しい腹痛(特に上腹部から背中にかけて)、吐き気、嘔吐などの症状が現れた場合は、直ちに受診してください。[2][3]
糖尿病網膜症の悪化
糖尿病を合併している方の場合、急激な血糖コントロールの改善により、一時的に網膜症が悪化する可能性があることが知られています。
SUSTAIN-6試験などでは、この点について注意喚起がなされています。[12]
糖尿病を合併している方がこれらの薬剤を使用する場合は、定期的な眼科受診が推奨されます。視力の変化や視野の異常を感じた場合は、すぐに眼科を受診してください。[12]
[12] Marso SP, et al. Semaglutide and Cardiovascular Outcomes in Patients with Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2016;375(19):1834-1844.
妊娠・授乳中の使用について
いずれの薬剤も、妊娠・授乳中は使用できません。
動物実験において、胎児への影響が報告されているためです。妊娠を計画している場合は、少なくとも2ヶ月前には薬剤の使用を中止する必要があります。
セマグルチド(ウゴービ)では、妊娠を計画している場合、少なくとも2か月前には中止することが推奨されています。[2]
チルゼパチド(ゼップバウンド)では、最終投与後少なくとも1か月の避妊が求められます。[3]
治療中に妊娠が判明した場合は、直ちに使用を中止し、医師に相談してください。[2][3]
授乳中については、母乳中への移行に関するデータが不足しているため、授乳を続けるか治療を続けるかを慎重に検討する必要があります。[2][3]
費用と続け方
医療ダイエットの治療期間やリバウンドについて、解説します。
治療の中止基準(いつやめるか)
医療ダイエットをいつまで続けるか、あるいはいつやめるかは、重要な判断ポイントです。日本で定められた最適使用推進ガイドラインでは、以下のような指針が示されています。[4]
治療開始後3~4ヶ月の時点で効果を評価し、体重減少や代謝改善が十分でない場合は、治療の中止を検討します。「十分な効果」の目安として、臨床試験で評価指標の一つとされている5%以上の体重減少が効果判定の目安の一つになります。[4]
また、効果が得られている場合でも、継続的な評価は必要です。副作用の有無、費用対効果、生活習慣改善の実施状況などを総合的に判断しながら、治療の継続を決定します。[4]
治療継続・中止のフローチャート
治療開始時
↓ 3~4ヶ月効果判定
【効果あり(5%以上の体重減少など)】
→ 治療継続(副作用モニタリング + 食事・運動の継続)
→ 定期的な再評価
【効果不十分】
→ 治療中止 または 他の治療法を検討
【いつでも】
→ 重篤な副作用の疑い(膵炎、胆道系疾患など)→ 直ちに中止・受診
→ 妊娠希望・判明 → 中止
[4] PMDA. 最適使用推進ガイドライン(肥満症:セマグルチド/チルゼパチド). 2023-2024.
リバウンド対策(食事・運動の継続)
医療ダイエットで多くの方が心配されるのが、「薬をやめたらリバウンドするのでは?」という点です。実際、この懸念には根拠があります。
STEP-1試験の延長観察では、セマグルチドの投与を中止した後、1年間で体重が治療前の状態に近づいていく(リバウンドする)ことが報告されています。[13]これは、薬の効果が薬を使用している間にのみ持続することを示しています。
したがって、医療ダイエットは「薬を飲んでいる間だけ痩せる」一時的な解決策ではなく、その期間を利用して生活習慣を根本的に改善するためのサポートとして位置づける必要があります。[13]
具体的には、治療中から食事内容の見直し、適度な運動習慣の確立、ストレス管理などに取り組み、薬に頼らなくても健康的な体重を維持できる生活習慣を身につけることが重要です。[13]
[13] Wilding JPH, et al. Weight regain and cardiometabolic effects after withdrawal of semaglutide: The STEP 1 trial extension. Diabetes Obes Metab. 2022;24(8):1553-1564.
よくある質問(FAQ)
Q1. 医療ダイエット薬に処方制限はありますか?
A. 日本では、肥満症で「BMIが27以上かつ関連健康障害が2つ以上ある方」または「BMIが35以上の方」が対象です。食事療法・運動療法で効果が不十分な場合に検討されます。[2][3][4]
Q2. 用量はどのように増やしますか?
A. セマグルチドは0.25mg/週から4週ごとに段階増量します。、チルゼパチドは2.5mg/週から段階増量します。効果や副作用の状況に応じて、維持する用量を調整します。[2][3]
Q3. どのくらい体重が減りますか?
A. 主要な臨床試験では、セマグルチドで平均14.9%(68週)、チルゼパチドで平均15~!(72週)の体重減少が報告されています。ただし、これらは生活習慣改善を併用した場合の結果であり、効果には個人差があります。[8][9]
Q4. 副作用や注意点は?
A. 消化器症状(吐き気、下痢、便秘など)のほか、胆嚢・胆道疾患、膵炎、糖尿病網膜症の悪化(糖尿病合併例)に注意が必要です。妊娠・授乳中は使用できません。また入手方法として個人輸入は推奨されません。[2][3][11][12]
Q5. 途中でやめる判断は?
A. 3~4ヶ月で体重・代謝の改善が乏しければお薬の用量の調整や中止を検討します。継続時も定期的に評価し、食事療法・運動療法の併用が推奨されます。[4]
Q6. 薬をやめたらリバウンドしますか?
A. 臨床試験では、薬を中止すると体重が元に戻る傾向が報告されています。そのため、治療中から生活習慣の改善に取り組み、薬に頼らずに健康的な体重を維持できる習慣を身につけることが重要です。[13]
まとめ
医療ダイエットは、肥満症の治療として一定の効果が期待できる選択肢ですが、すべての人に適しているわけではありません。
適応基準を満たすこと、副作用のリスクを理解すること、そして何より生活習慣の改善と併用することが重要です。
薬はあくまでサポートツールであり、食事療法や運動療法、ストレス管理などの生活習慣改善が治療の基本となります。
薬に頼るだけでなく、この機会に健康的なライフスタイルを身につけることが、長期的な体重管理と健康維持につながります。
医療ダイエットを検討されている方は、まず医師に相談し、ご自身の状態に合った治療法を一緒に考えていくことをお勧めします。
